作品考察

『ウィキッド』から学ぶ〝究極の愛〟と差別の構造

risa

こんにちは、ブログ業界の復活を目指す りさです。

この間、映画『ウィキッド』のPart1を見てきました!

『ウィキッド』といえば、

ミュージカルでよく知られていますよね。

実は私、ミュージカルも原作も未見で、

オズの魔法使いの前日譚的な話

というのを、なんとなーく知っている程度。

「そんなんで大丈夫かな?」

と思っていたんですが・・・

それでも十分に、今の私たちに通じるテーマが

ぎゅっと詰まっていて、

すごく考えさせられました。

  • グリンダとエルファバの友情と葛藤
  • 〝共通の敵〟を作って大衆を操作するオズ
  • 異質な存在を排除しがちな社会の構造



これって、現代の世界と

そっくりなんですよね。

今回は、あくまで初見の私が

『ウィキッド』Part1を通して

感じたことをまとめてみたいと思います。

多少のネタバレはあります・・・!

〝共通の敵〟を作るオズとSNSの炎上構造が似すぎている

『ウィキッド』は、

『オズの魔法使い』に登場する

悪い魔女エルファバを

主人公にした物語。

緑色の肌を持つ彼女は、

生まれつき〝異質〟だとされ、

周囲から差別や偏見を受けています。

さらに、オズの魔法使いは

〝共通の敵〟を

作り上げることで大衆を操作し、

やがてエルファバが

〝恐ろしい魔女〟として

祭り上げられていくんですね。

これは、現代のSNSでも

よく見かけるような現象です。

誰かが〝悪者〟だと決めつけられると、

一斉に叩かれ、その結果、

一時的にみんなが団結した気になるんです。

でも、それは本当の絆じゃない。

一瞬で崩れてしまう関係でもあります。

次は自分がターゲットにならないよう、

保身に走ったり、

さらに別のターゲットを見つけて

一斉に叩く。

『ウィキッド』でも、

エルファバの〝異質〟が浮き彫りにされるほど、

周りの人々は安易に彼女を排除しようとします。

そうした差別の根源には、

「よくわからないものに対する拒絶」や

「集団で安定するためのスケープゴート」

があるのでしょう。

大衆でいる方が、〝楽に〟生きられるからです。

エルファバの強さに憧れるけれど・・・

そんな中で、主人公のエルファバは異質です。

とても強い意志を持っているんですよ。

幼少期から差別されてきたし、

父親からも忌むべきものとして扱われてきたし、

初めて認められた!と思った先生からも裏切られた。

もう普通だったら心が折れてもいいくらいの

出来事がたくさんあったはずなのに、

めちゃくちゃ強いんですよ。

心が。

彼女は自分の正義や信念を曲げないし、

色々な誤解や偏見を受けても

立ち向かおうとします。

〝Defying Gravity〟の

「こんな世の中、変えてやる!」

と飛び立つ姿は、

迫力満点だし、

観ている側も心が震えて

涙なしには見れないシーン。


だけど、ふと思うんです。

エルファバみたいに、

周りの反対をものともせず、

自分の主張を貫くなんて、

私にはできないな〜〜、と。

特に日本人の感覚だと、

「和を大切にする」

「周囲の空気を読む」

みたいな風潮があるじゃないですか。

だから、エルファバのように

突き抜けられる人ってなかなかいない。

「自分だけ浮いてしまうのが怖い」

「嫌われたくない」

という思いもありますよね。

私自身も、SNSで

周囲の顔色ばかり伺っていましたから。

だからこそ、エルファバの強さを見て憧れるし、

絶対幸せになって・・・!って思うし、

彼女なら偏見のない平和な世界が作れる!と確信する。

彼女は、私にとって、とっても素敵で眩しい存在なんです。

グリンダの揺れる心こそ、私たちのリアル

そんなときに、めちゃくちゃ共感してしまうのがグリンダの存在。

アリアナ・グランデが

ひたすら可愛いんですけども笑

彼女は一見華やかで、

〝周囲から愛される人物〟として描かれています。

でも、

「周囲から認められたい」

「人気者でいたい」

という欲求が常にあるんですよね。

なんでもうまくやれそうだし、

なんでも手に入りそう。

でも、内心では承認欲求との葛藤があり、

「自分って本当はどう生きたいんだろう」

と揺れているように見えます。

現代の私たちにも

どこか重なる部分がありますよね。

私も過去にはSNSで

もっとフォロワーを増やさなきゃ

成功者っぽい自分でいなきゃ

と必死になっていた時期があります。

そんな私から見ると、

グリンダの「周囲に認めてもらいたい」という想いは、

すごくリアルに感じるんです。

そんなグリンダは、

エルファバのことが理解できず、

最初は「大嫌い!!」と敵対するのですが、

自分にはない〝芯の強さ〟に

次第に惹かれていきます。

そうして、正反対の性格のエルファバを

理解しようとして、

助けたいと思うようになるんですね。

グリンダは自分と違う存在を

排除するのでなく、

理解しながら、

相手の幸せを本気で願うことが

できるようになっていきます。

だから私は、グリンダにめちゃくちゃ

感情移入しちゃうんです。

『ウィキッド』って、

グリンダの成長物語なんじゃね!?

と思うくらいには。

互いの違いを理解し、解放する優しさ

私が『ウィキッド』で一番素敵だと思うのは、

グリンダとエルファバが

「私たちは正反対」と分かりつつも、

最終的には互いの幸せを

願う関係になっていくこと。

ここに〝究極の愛〟を感じます。

グリンダは「周囲に認められたい」

というエゴを持ちながらも、

エルファバの幸せを願う

気持ちが芽生えていきます。

一方のエルファバもまた、

グリンダを尊重し、

彼女が本当に幸せになれる選択を願っています。

でも、それは単なる友情や

「あなたとずっと一緒にいたい」

という依存ではなく、

「あなたの道を奪わないようにする」

という優しさ、そして〝解放〟があると思います。

(Part1のラスト、二人があえて別の道を選ぶようなシーンにも、

そんな優しさが滲み出ていると感じます。)

最終的に、エルファバとグリンダは

それぞれ葛藤しながらも

〝自分にしかできない道〟を見つけ、

相手を思う気持ちを選ぶ。

ここに『ウィキッド』の核心があるのかな、と。

魔法使いのオズが押し付ける

「一方向の正義」に流されるのではなく、

自分の頭で考え、

相手を知ろうとすること。

これこそが、私が信じる

〝究極の愛〟の形でもあります。

〝共通の愛〟を見つけられるように

もし私たちが〝共通の敵〟ではなく、

〝共通の愛〟を見つけられたら。

誰かの不幸を願うことで

団結するのではなく、

誰かの幸せを一緒に願うことで

繋がることができます。

「あいつが悪い」とかって

負の感情ではなく、

「みんなで良い世界を作ろう」

という前向きな気持ちで関係を深められます。

SNSで「新しい敵」を見つけて

叩き続ける流れに乗るのは、

ある意味生きやすいかもしれません。

誰かを悪者扱いすると、

〝自分は正義〟と

安心感が得られるから。

でも、それを続ける限り、

いつか自分が悪者にされる側に

回る可能性もありますし、

何より大切な絆は生まれません。

だからこそ、

私は〝究極の愛〟の世界を

目指したいと思うわけですよ。

違いを安易に排除するのではなく、

むしろ違いを認め合い、

補い合い、尊重し合う関係。

その先には、

グリンダとエルファバのように、

深く繋がれるはずです。

さいごに

と、いうことで、

今回は『ウィキッド』の物語をきっかけに、

現代にも通じる差別や偏見

敵を作り出す構造、

そこから繋がる〝究極の愛〟について考えてみました。

本当は、アメリカの

歴史的な背景だったり

社会的要素も踏まえて

もっと掘り下げると

いろんな考察ができると思うんですが、

そこはPart2を観てから

改めてまとめたいなーと。

(まだ私も続きはよく知らないので・・・!)

それでも、ここまで観ただけでも

「私たちの社会が抱える問題」を

しっかり照らしてくれる作品だなと感じます。

ネタバレを見たい衝動を抑えつつ笑

Part2に期待しながら、

引き続きグリンダとエルファバの物語を

追いかけたいと思います。

もしこの記事を読んで

「ちょっと観てみたい!」と思った方は、

ぜひ観て、感想をくださいね!

about me
りさ
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ブロガー
ブログコンサルタント。1つのブログで年収1400万円を稼いだ経験を元に、ブログの作り方を初心者から丁寧に指導。現在年商3000万円。短期間で大きな収益を生み出す「バズ×収益化メソッド」と、長期的にファンを増やしていくノウハウを掛け合わせた「ブログのツインタワー戦略」を考案し、多くの人にブログの魅力を伝えるべく活動中。
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